石見銀山 | ||||||||||||||||||||||||||
8時30分発の石見銀山世界遺産センター前のシャトルバスに乗り込んだが、運転手さん が銀山公園の駐車場はまだ停められるとのことで急遽自家用車で銀山公園へ向う。 銀山公園には10数台がすでに駐車していた。近くの貸自転車店で自転車を借り坂道を 龍源寺間歩へ向う。 |
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背丈すれすれの坑道 | ||||||||||||||||||||||||||
狭い坑道が横にのびている | ||||||||||||||||||||||||||
龍源寺間歩は銀を採掘するために掘られたトンネルであり、長さは600mにも及ぶが 公開されているのは157mである。背丈スレスレの坑道を歩く。坑道からはさらに 細い坑道が横に縦にのびている。壁の無数のノミ跡が生々しい。 157m地点からの新坑道には「石見銀山絵巻」が 掲示されており採掘の様子がわかる。採掘は湧水、酸欠、粉塵との戦いである。 龍源寺間歩は1715年に開発され228年続いたが1943年山は閉じられている。 龍源寺間歩を出て下り坂を町並み地区へ向う。ここには武家、商家、寺院などが 1kmくらいの間に集まっている。 大森代官所跡は「石見銀山資料館」となっており、石見銀山の歴史、鉱山資料が展示されている。 |
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大森町の町並み | ||||||||||||||||||||||||||
大森代官所跡(石見銀山資料館) | ||||||||||||||||||||||||||
国指定重要文化財となっている熊谷家住宅は銀山経営、酒造を営んでいたのであるが 主から奉公人までの当時の衣食住の様子が伺いしれる。 銀山公園に向う道路横にあるのは「五百羅漢」である。岩肌に掘られた石洞の戸を 開けると中には501体の石像はそれぞれ勝手な態様をしているのである。 そっぽをむくもの、うなだれるもの、眠っているもの、その他501体501様である。 当時の人はここにお参りして亡くなった父母子供の面影を501体の中から探しだし 偲んだいうことである。石窟の前には3つの反り橋がかかる銀山川が流れている。 貸自転車を返し隣のだんご屋へ入りだんごと熱いお茶をいただいた。 銀山公園はシャトルバスで次々と到着する観光客でにぎわっていた。 |
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熊谷家住宅 | ||||||||||||||||||||||||||
五百羅漢 | ||||||||||||||||||||||||||
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