ガラッパ(河童)

 国道220号線の新城麓に案内板が建っているので入口は判り安いのですが、その場所までいくのは一苦労します。

 現在のガラッパ生息地と磨崖物の場所は、河川工事が施されており、ガラッパの生息地という雰囲気はあまりない。
 生息地の付近は、公園みたいに整備されています。
 しかし、源昌寺の住職が彫ったという梵字は、いまだ消えずに確認することができた。以下は、生息地入口に建っている垂水市教育委員会がかいた看板にかいてあったものです。

垂水市新城のガラッパ生息伝承と磨崖仏
 新城麓の馬形川口から1kmく位遡ったところにある落差4m位の滝
 滝の脇は古くからガラッパが生息地として言い伝えられてきた。この滝壷は、子供たちの水泳の場として親しまれていたがガラッパに水中に引き込まれて溺死するものも多く、そのため古民においては、人身御供も行われていたと伝えられている。そこで近くの源昌寺の住職は、滝つぼの脇の岩に泳ぎながら金剛界大日如来をあらわす梵字を刻み「この字が消えるまで悪戯をしてはならぬ」と言い渡した。ガラッパは一生懸命字を消そうと撫でたが字は益々鮮やかになるばかりでガラッパは悪戯が出来なくなり仏門に帰依したといわれる。
 最近までは春の彼岸の頃のおぼろ月夜に川を遡るガラッパの泣き声が聞かれていた。ガラッパは相撲が好きで時々丘に上がって人間に相撲を挑んでいた。
 その時は先ずガラッパの頭の皿の水をこぼすと無力になるという。
 また天気のよい日には岩陰でガラッパの甲羅干しの姿がみられたなどと言い伝えられている。この滝の上には鬼橋という石橋があり、付近は岩菜(岩たばこ)の群生地でもある。

                                                                                                           垂水市

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