05oni 鬼作左 有限会社 丸岡酒販                    平成16年度鬼作左 和洋酒のひだメール

 鬼作左 販売日 12月24日(土)より 販売場所 丸岡町内酒販店及び「一筆啓上茶屋」にて
                 当日一般先客50名  会費 1.000.-(肴代) にて 

 鬼作左 新酒披露会 12月23日(金) 19時〜21時  場所 丸岡町霞3-1-3 「一筆啓上茶屋」

 第1回 モロミ搾り  12月21日(水) 10時〜11時 場所 丸岡町山久保 久保田酒造

 12月25日(金) 初仕込み

  

  

一回目の仕込み 70%精白の山田錦 500g  醸造予定 960g (720mlビン 1.300本 内斗ビン取り 300本」
第一回目モロミ搾り予定 12月20日(火) 10時から11時

平成17年度 鬼作左の田植えから醸造まで


    10月8日(土)の地元福井新聞に掲載されました。

 今年の予定
    耕作面積  6反部          醸造予定 11月下旬
    収穫量    予定40俵       初搾り   12月20日頃
    醸造量    予定3.200リッター  発売予定  12月22日頃     


10月7日(金) 好天と最高の酒米に恵まれ 社員による稲刈りを行いました。


10月2日(日) 現在の酒米「山田錦」です  大変良い酒米が出来ますた。 今年の「鬼作左」が楽しみです


 9月3日現在の酒米「山田錦」です、大変豊作のようです稲刈りは10月10日頃良い酒が出来そうです


5月9日の地元丸岡町山久保にて酒米「山田錦」の田植えです

       鬼作左とは本多作左衛門重次の事である

★作左衛門の戦いぶりを最も典型的にしめすものとして、元亀3年(1572)三方ケ原の戦いで、3万の武田軍にょって
徳川軍は左翼を破られ中央を崩され総崩れとなり、作左衛門は身に数ケ所の傷を受け身動きできないほどであった、
主君家康が死に物狂いで退却するのを見ると、最後の力を振り絞って敵を倒し、騎馬一頭を奪い家康の後を追い、
家康にふりかかる敵を倒しながら城に着き、家康の命を救った事がある。
★天正3年(1575)長篠の合戦の折、陣中から妻あてに書いた「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」 
は簡素明瞭な手紙として有名。(妻は鳥居伊賀守忠吉の女で一男四女あり)
★作左衛門の気性もさることながら、この様なずば抜けた戦いぶりから、人々は「鬼作左」と呼ぶようになった
★天正14年(1586)、家康が秀吉の要請に応じて上洛の際、秀吉の母大政所が人質として岡崎に下向のとき、井伊直政
と共に守護するが、居館の側に薪を積み、京都に変事が起これば、ただちに火をつける態勢を整え、大政所を監視した。
★自分の事を捨て、ひたすら君主家康のために尽くした作左衛門を当時の人々は三河武士の手本としてほめたたえた。
また家康も作左衛門をの巧を忘れはせず、関が原の戦い(1600)に勝ち、自分が天下人となった時、作左衛門の子
本多成重(仙千代)を越前丸岡城主として四万石を与えた